Web学問所

江戸時代に関する豆知識や、登別伊達時代村ゆかりの人々・出来事を随時ご紹介していきます。
寺子屋に通う江戸庶民の気分でお楽しみください。

江戸時代の暮らし

2017年02月

年中行事⑧春立ちて、桃の節句

旧暦二月八日の「事納め」で、ようやく正月行事がすべて終了します。
また江戸時代には稲荷信仰が大流行し、町中に大小様々な社が作られていましたが、
二月最初の午の日、この無数の稲荷神社で一斉にお祭りが行われます。
さらに三月三日の「上巳の節句」――別名「桃の節句」に向け、
雛人形を飾る女の子たちの華やいだ声が各家から聞こえてくる季節。
大人たちも白酒を飲んで、お節句を祝います。

●初午
稲荷神の使者が狐の姿をしていることから、初午の日は狐の好物とされる油揚げを供え、豊作を祈願します。
これがもとで江戸時代末頃、油揚げに酢飯を詰めて俵型に整えた「いなり寿司」が生まれることになるのです。
なお初午は、子供たちが寺子屋に入門する日ともされています。

●針供養
旧暦2月8日は、女性たちが針仕事を休む日。
そして、日頃お世話になっている針をねぎらうため、折れたり曲がったりした針を豆腐やこんにゃくのような柔らかいものに刺し、神社に奉納します。

●白酒
雛祭りに白酒を飲む風習が生まれたのは江戸時代。
みりんに餅米や麹を加えて熟成させた甘いお酒で、女性にも飲みやすいと評判です(甘酒とは別物です)。
ほかにも行事食として、緑と白の二色の「菱餅」や、「雛あられ」の原型となる米菓も出回るようになります。

●雛人形
「上巳の節句」には、古来より紙人形を川に流して厄を祓う「流し雛」の風習がありましたが、家の中に華やかな人形を飾って女の子の成長を祝う行事として庶民に広まったのは江戸時代の中期頃。
現代と異なり、向かって右に男雛、左に女雛が置かれます。


江戸時代の暮らし

2017年01月

年中行事⑦ようこそ年神様

元旦から公的な儀式で忙しい武家とは違い、
庶民は大晦日から寝ずに夜を明かし(除夜)、
初日の出と共にやってくる年神様を自宅でお迎えします。
中には待ちきれず、初詣の原型ともいえる「恵方参り」へ出向く者も。
その後も一月七日「人日の節句」、十一日「鏡開き」などを経て、
正月の神事は二月八日まで続きます。
●羽子板
古くから羽根つき遊びに使われてきた羽子板は、小気味よい音を立てて邪気をはねつける魔除けとして、特に女の子への贈り物に喜ばれます。
年末の「歳の市」では様々な意匠を凝らした羽子板が売り出され、羽根つきはお正月遊びの定番となっています。

●鏡餅
年末にみんなで搗いて、丸めて重ねた鏡餅。
年神様の依り代として家々に飾った後、1月11日には「鏡開き」。
縁起物なので刃物を使ってはいけません。
木槌や金槌で叩いて分けて、お雑煮やお汁粉にします。


●七草粥
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草。
1月7日は「人日の節句」とも「七草の節句」と呼ばれ、春の七草を混ぜた粥を食べて新年の無病息災を祈ります。

●門松
常緑樹である松と生命力の強い笹を組み合わせた「門松」は、年神様をお招きするための目印。
松の内(1月7日まで)の間、各家の玄関先に立てますが、長屋全体を一軒の家と見なして、その入り口に飾ることも。

 

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江戸時代の暮らし

2016年12月

年中行事⑥ 正月御事始で大忙し

何であれ事々しく騒ぎ立てるのが大好きな長屋の住人たち。
一年で最も重要な祝日である元日を前に、大張り切りです。
家中の煤を払って、魔除けをして、縁起物を買いに行って。
それもこれも、五穀豊穣をもたらす年神様をお迎えして
幸多き新年となることを願うお祭りの一部なのです。

●事始
12月8日は新年を迎える準備を始める日。
江戸ではこの日、一つ目の妖怪が人の目を借りに来るといわれ、これを追い返すため、目がたくさんある笊や籠を竿の先に取り付けて掲げる風習があります。

●煤梵天
竹竿の先に藁束をくくりつけたもので、別名「煤男」。
煤を掃くために使うものですが、ただの箒ではなく、竹の霊力で家内を祓い清める神具でもあります。
煤払いが終わったら、玄関先に立てておくのが通例です。

●煤払い
12月13日に江戸中で一斉に行われる「煤払い」は、わざと気合の入った格好をして家中の煤と穢れを落とす歳末恒例のお清めの儀式。
掃除が済むと、お互いを胴上げし合ったり、皆で餅を食べたりと、さながらお祭り騒ぎです。

●柊鰯
立春の前日である「節分」は、旧暦では年末に当たることが多く、新年を迎える前の厄祓いの儀式を兼ねています。
神社やお寺では豆まきが行われ、強い臭いを放つ鰯の頭と、棘のある柊の葉が魔よけとして家々の玄関口に飾られます。

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江戸時代の暮らし

2016年11月

年中行事⑤ 江戸っ子は縁起物がお好き

江戸時代、それまで日付がはっきりと決まっていなかった「七五三」が
鬼宿日(占星術上の吉日)の11月15日に定められ、一斉に祝うようになります。
また10月の最初の亥の日「玄猪」には炬燵や火鉢の使い初め、
11月の酉の日には「酉の市」のお祭りで縁起物の大売出しがあります。
由来となる宗教や思想は様々ですが、とにかく江戸の人は縁起担ぎが大好き。
何であれ口実をつけて、福運を招こうと躍起になるのです。

●千歳飴
旧暦11月15日の「七五三」には、3歳の男女と5歳の男の子、7歳の女の子が着飾ってお宮参りをしますが、その帰りにお土産として買われるのが「千歳飴」。
細長い棒状の飴を縁起のよい絵が描かれた袋に入れたもので、江戸時代に浅草の飴屋が売り始めたのが最初といわれます。

●亥の子餅
「玄猪」は、多産の猪にあやかって子孫繁栄を祈る日。
公家や武家では子猪を模った「亥の子餅」が振る舞われます。
その次の亥の日に、庶民は小豆餡で包んだ餅を食べますが、猪の隠語が「牡丹」であることから「牡丹餅(ぼたもち)」とも呼ばれます。

●縁起熊手
おおとり神社など「鳥」にまつわる寺社で開かれる酉の市。
「福運をかきこむ」という縁起熊手が売りに出され、商人や遊女屋、役者、芸人が商売繁盛を願って買い求めます。
「頭の芋」「黄金餅」と呼ばれる里芋や粟餅も人気で、縁日には人々がひしめき、大賑わいです。

●炬燵開き
十二支の中でも「亥」は水の属性を持つため、玄猪の日に暖房を使い始めると火事にならないといいます。
木と紙で建てられた燃えやすい家に住む江戸の人々は火事を何よりも恐れているため、どんなに寒くてもこの日になるまで炬燵や火鉢を使うことを我慢します。

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忍者の素顔

2016年10月

基本の忍術③ 逃げる

敵地に潜入して手に入れた情報を、何としても生き延びて主君のもとに持ち帰ることこそ、忍者の使命。彼らは可能な限り戦いを避け、逃げるためにあらゆる手段を講じました。
そうした遁走術(とんそうじゅつ)の中でも最も基本的なものが、以下の「五遁の術」です。

煙に紛れてドロンせよ!

「火遁の術」
……火薬を使って煙や炎を発生させ、敵に隙を作って逃げる方法。

「金遁の術」
……金具や刀に光を反射させたり、金属を鳴らしたりして追っ手の目や耳をくらまし、逃げる方法。

シュノーケリングの術!?

 
「水遁の術」
……水中に潜ったり、泳いだりして逃げる方法。

「木遁の術」
……草・木立などを利用して追っ手をまき、逃げる方法。

「土遁の術」
……土の中に潜って隠れたり、抜け穴を利用したりして逃げる方法。

その他にも、人混みに紛れて逃走する「人遁の術」、雨・風・雪・霧・日差しなどの気象状況を利用して逃げる「天遁の術」などがありました。身の回りのあらゆるものを活用して生き延びようとするのが、忍者の心得だったのです。

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江戸時代の暮らし

2016年09月

年中行事④ 菊には酒、月には団子

9月9日は「重陽の節句」。
「菊の節句」とも呼ばれ、菊花を使ったお清めが行われます。
半年ぶりの雛人形を眺めながら菊酒を酌み交わした数日後には、
秋の夜空に浮かぶ十三夜の月見もお楽しみ。
それを過ぎると、冬はもう間近に近づいています。

●衣替え
衣替えの日は年に3回と決まっており、夏着の「単衣(ひとえ)」に裏地をつけて「袷(あわせ)」にするのが9月1日。
9月9日に、表地と裏地の間に綿を挟んで冬着とし、この「綿入れ」を4月1日まで着て、また単衣に戻します。
足袋を履くのも、9月から3月の間のみとされています。

●月見
お月見は、十五夜(旧暦8月15日)だけでなく、十三夜(9月13日)にも行わなければ縁起が悪いといわれます。
十五夜には月見団子15個と里芋を供えるので「芋名月」、十三夜は団子13個のほかに栗や枝豆を供えるため「栗名月」「豆名月」と呼ばれることもあります。

●後の雛
江戸の人々は、桃の節句から半年後の旧暦9月9日「重陽の節句」にも雛人形を飾ります。
秋の雛祭りは、大切な人形たちの虫干しも兼ねつつ、自分や家族の健康と長寿を祈るためのお祝いなのです。

 

●菊酒
「重陽の節句」は別名「菊の節句」とも呼ばれ、菊花を飾り、花びらを浮かべた酒を飲んでお祝いします。
また、一晩菊の香りをしみこませた綿で体を清めることで厄を祓い不老長寿を祈る「菊の被綿(きせわた)」も行われます。

 

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江戸時代の暮らし

2016年08月

年中行事③ 盂蘭盆会(うらぼんえ)と信心深き人々

7月15日は亡くなった祖先の霊が帰ってくる日とされ、
そうした霊魂を供養する「盂蘭盆会(お盆)」が行われます。
こまごまとしたお供え物に、熱狂的な盆踊り。
さらにその1ヶ月後には、「放生会」も空前の大流行。
江戸の街では、仏教行事と娯楽は表裏一体なのです。

●放生会
旧暦8月15日に捕らわれの生き物を解放すると功徳になるという「放生会」が江戸で大流行。
定番は「放し亀」で、およそ100円ほどの値段で、放すためだけの亀を売る露店や行商人も現れます。

●鬼灯

赤い提灯を思わせる鬼灯は、先祖の霊が迷わず帰ってくるための目印。
そのため、お盆前になると寺社の境内に盛大な鬼灯市が立ち、大変にぎわいます。


●盆踊り

室町時代発祥の盆踊りが最盛期を迎えたのは江戸時代。盂蘭盆会に帰ってきた祖先の霊を迎え慰め、また彼岸へ送り出すため、夜通し踊り明かします。
会場となる寺の門前や境内には多くの人が押し寄せ、露店や大道芸人なども集まって、大盛り上がりです。

●盆棚

盆棚は精霊棚ともいい、お盆に帰ってくる祖先の霊を迎えるために飾られるものです。
四方を竹で囲った棚に位牌やお供え物を置きますが、定番は茄子や胡瓜を牛馬に見立てた「精霊馬」で、霊があの世とこの世を行き来する乗り物とされています。

 

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忍者の素顔

2016年07月

基本の忍術② 隠れる

陽忍術である「七方出」とは反対に、人目につかずに任務を遂行する忍びの術を陰忍術といいます。
つまり、姿を隠してこっそりと情報を盗み聞いたり、標的に近づいたり、窮地から逃げおおせたりするための技術です。

木の葉に紛れる

 

森の中で隠れるときに便利なのが「木の葉隠れの術」。身を低くし、落ち葉や草むらの中に身を潜めて、敵をやり過ごします。

 

 

たぬきになりきる

 

「狸隠れの術」は、たぬきのように木に登り、枝にぴたりと身を寄せます。葉の茂みで姿を隠すだけでなく、高所に移動することで敵の視界に入りにくくなります。
 

観音様になりきる

 

 
「観音隠れの術」は、壁や塀に張り付くように棒立ちして、目を閉じ息を止めます。仏像に変身したつもりで、完全に気配を消し去るのがコツです。

うずらになりきる


 
 
手足や首を縮めてうずくまり、じっと動かずにいる「うずら隠れの術」。うずらという小鳥には、石のように身を丸めて危険を避ける習性があることから、このような名が付きました。

 

 

追っ手の目を欺くには、高度な身体能力と精神力が必要です。隠れるための技術は、影の任務をこなす忍者にとって、まさに真骨頂だったといえるでしょう。

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江戸時代の暮らし

2016年06月

年中行事② 七夕と初物食い

旧暦7月7日は、古くから宮中で星祭りが行われてきましたが、
江戸時代に「七夕(しちせき)の節句」が公式な祝日となってからは、
井戸替えや笹飾りを行う庶民的な行事へと姿を変えていきます。
またこの季節は、様々な初物が出回る時期でもあり、
新しいもの好きの江戸っ子たちは激しい争奪戦を繰り広げます。

●井戸替え
お盆を間近に控えた七夕の日。
長屋では住人総出で井戸水をすっかり汲み出し、底にたまった泥や落とし物を取り除いて、水神様にお神酒と塩をお供えします。
暑さが続く時季、厄病を祓うための大切な儀式です。

●笹飾り
7月7日の夜には、笹に様々な縁起物の飾りを吊るし、それぞれに願い事を託して戸外に立てます。
生命力の強さや、中が空洞であることなどから笹竹は古くから神の宿る植物とみなされてきました。

●代表的な七夕飾り
①短冊…書道、学問の上達を願う。
②紙衣…厄除け、裁縫の上達を願う。
③吹流し…機織、技芸の上達を願う。
④折鶴…家族の健康と長寿を願う。
⑤巾着…商売繁盛と貯蓄を願う。
⑥投網…豊漁、豊作を願う。
⑦屑籠…清潔と倹約を願う。

●短冊
五色(青・赤・黄・白・黒)の短冊に文字を書き、願いを込めて笹に吊るす風習は、
江戸時代の寺子屋で始まったといいます。
本来は機織や裁縫、書道、芸事など
習い事の上達を祈るものとされています。

 

●初物
「初物を食べると75日寿命が延びる」!?
今年初めて採れた茄子や胡瓜に人々は群がります。中でも、江戸っ子が最も熱狂するのが初鰹。1尾あたり数万円~数十万円もの値がつくこともあり、着物や家財道具を質入れする者までいるようです。

 

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伊達政宗と片倉小十郎

2016年05月

武将のトレードマーク・兜の前立

戦国武将の兜には、特徴的な「前立(まえたて)」が付いているものが多く見られます。戦場で自らの武勇を誇示し、存在を主張するもので、武将たちのこだわりが発揮される部分でした。

伊達政宗の軍装は「伊達男」の語源になったほど華美だったことで有名ですが、そんな彼のトレードマークとなっているのが細長い三日月の形をした前立。左側に比べて右側が短くなっていますが、これは戦の際、刀を振るのに邪魔にならないように配慮したものだったといわれています。

月は武芸のシンボル

当時の人々は月・太陽・星などの天体を神聖視しており、それらをモチーフとした装飾を身につけることで霊力にあやかろうとしました。中でも月はその形状から弓を連想させるため、「弓取り」すなわち武士に人気がありました。
月をモチーフにする際、満月形では太陽と区別がつかないため、半月や三日月の形を用いることが普通です。伊達家の家臣たちも、原則として半月形の前立を付けるよう決められていました。

愛宕の神は軍神(いくさがみ)

片倉小十郎の前立は、半月に「愛宕大権現(あたごだいごんげん)」の護符が組み合わされています。
愛宕大権現は古くから軍神として崇められていました。直江兼続(なおえ かねつぐ)が「愛」の一字を前立に用いたのと同様、小十郎も武運長久を祈願して、このような前立を身につけていたものと考えられます。